眉村卓・人と作品

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眉村卓(本名・村上卓児)の名前が最も広く知られているのは、『なぞの転校生』(67年)『まぼろしのペンフレンド』(70年)『ねじれた町』(74年)『ねらわれた学園』(76年)などジュブナイルSFの分野だろう。映画、TV、アニメとして映像化された作品も多い。また、ショートショートは2000編を越え、日本で最多の作品数を誇る作家である。

1934(昭和9)年に大阪市西成区に生まれる。敗戦後、多くの同世代の少年と同じく、手塚治虫の漫画に触発され、中学生のころから<漫画少年>に漫画を投稿。また、実業家で歌人の父親の影響で俳句に親しみ、住吉高校では俳句部に入部。大阪大学経済学部に入学してからは、同人詩誌の中心的存在として小説執筆も手がける一方、柔道部の主将をつとめるなどスポーツにも情熱を注いだ。1957年、予算統制を卒論に大学を卒業し、上場企業の大阪窯業耐火煉瓦に就職。

就職した年の暮れ、早川書房から翻訳SFシリーズがスタートし、翌年には講談社からも翻訳SFが6冊刊行された。フレドリック・ブラウンの『火星人ゴー・ホーム』などを読み、SFに開眼。戦後第一世代のSF作家と同様、SFに文学の突破口としての可能性を見出し、早川書房から1959年末に創刊された<S-Fマガジン>に作品を投稿しはじめる。それを読んだ同誌編集部員の森優は、自分も参加していたSF同人誌<宇宙塵>を紹介する。入会するとすぐに眉村は仕事のかたわら毎号のごとく作品を発表し、それがミステリー雑誌の<ヒッチコック・マガジン>編集長・中原弓彦(現・小林信彦)の目にとまり、同誌 1961年5月号掲載のショート・ショート作品で商業誌デビューを飾る。その後まもなく、映画会社の東宝と<S-Fマガジン>共催の第1回「空想科学小説コンテスト」に応募した「下級アイデアマン」が佳作第2席に選ばれ、同年10月号の<S-Fマガジン>に掲載された。

そして、1963年5月、同世代で最も早く長篇SF『燃える傾斜』を出版。これを機に、28才の眉村は会社を退職、作家活動に専念するようになる。

海外SFに影響を受けた初期のアイデアストーリー中心の時代から「社会と個人の問題」を自らのテーマに選んだ眉村は、より明確な"インサイダーSF論"を唱えるようになる。それは"司政官シリーズ"、中短編集の『司政官』(74年)、『長い暁』(80年)、泉鏡花賞受賞の1600枚にも及ぶ大作『消滅の光輪』(79年)、13年間にわたって執筆された全5巻の巨編『引き潮のとき』(95年)として結実する。その一方で、自伝的な色彩の濃い『ぬばたまの...』(78年)『傾いた地平線』(81年)『夕焼けの回転木馬』(86年/日本文芸大賞受賞)も物しており、こちらも眉村SFの代表作と言えるだろう。その他に近作では、全8巻4400枚の『不定期エスパー』(88?90年)、歴史SF『カルタゴの運命』(98年)などの大長篇がある。

高橋良平


受賞

下級アイデアマン

  • 第1回日本SFコンテスト(昭和36年)第2席

消滅の光輪

  • 第7回泉鏡花文学賞(昭和54)
  • 第10回1979年 星雲賞日本長編部門 (第18回日本SF大会MEICON3)

夕焼けの回転木馬

  • 第7回日本文芸大賞 (1987年)

引き潮のとき

  • 第27回 1996年 星雲賞日本長編部門
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